What is the Literary Ballad?バラッド詩とは

作者不詳の物語歌であるバラッドがいつ頃生まれたかということは特定できないが、 残されたマニュスクリプトの一番古いものから、一応13世紀以降ということになっている。

純粋に口承伝承されてきたバラッドの歴史に大きな転換点をもたらしたのは、15世紀後半に始まる印刷術の発達である。
William Caxtonがロンドンのウェストミンスターの地にイギリス最初の印刷所を開設したのは1476年であるが、 これによる印刷文字文化の誕生が新しいタイプのバラッドを生み出すことになった。
「ブロードシート」(‘broadsheet’)と呼ばれる片面刷りの大判紙に歌詞と楽譜を印刷して、 路上でうたい、売る、という商売が成り立つことになった。
この新しいタイプのバラッドは「ブロードサイド・バラッド」(‘broadside ballad’)と呼ばれたが、 それまでの純粋な口承歌にあった独特に様式化された物語歌に対して、印刷技術の近代性に支えられたこの新しいタイプのバラッドは、時局の政治的、社会的事件を文字にして即刻人々に伝えるところに大きな魅力を生んだ。

イギリスで最初の新聞 London Gazette(当初は Oxford Gazette といった)が発刊されたのは1665年であるが、ブロードサイド・バラッドは、いわば新聞に先駆けてジャーナリスティックな役割を担い、印刷する側にもそれを売りさばく者の側にも利益をもたらす商売になったところに、爆発的な隆盛の原因があった。

もともとは口承バラッドであったものがブロードサイドとして登場したり、逆に、最初はブロードサイド・バラッドとして生まれたものが口承化したりもして、 両者の交流は時代の変化と場所の移動の中で錯綜していった。
この経緯から、両者を一括して「伝承バラッド」と呼ぶ場合が多い。

I.イギリスに「バラッド詩」(‘literary ballad’)と呼べる新しいタイプの詩が生れたのは18世紀に入ってからである。
もともと文字を持たない民衆によってうたい継がれてきた口承物語歌「バラッド」が蒐集・印刷されるようになって、民族の遺産としてのバラッドの存在に、 そして、その想像力あふれる物語の世界に、多くの詩人たちが注目するようになり、以来、今日まで独特のバラッド模倣詩を数多く生み出してきた。

ロマン派詩人William Wordsworthによって高い評価を受けたThomas Percy 編纂の Reliques of Ancient English Poetry (1765) がバラッド詩流行の大きな契機となったことは否定できない。
しかし、それに遡る半世紀の間に、 次の3編の重要なアンソロジーがすでに編集・出版されていた。

  • 1.

    James Watson, ed., Choice Collection of Comic and Serious Scots Poems, 1706; 2nd ed. 1709; 3rd ed. 1711.

    これにはいわゆる純粋な’folk ballad’は含まれておらず、すべてが ‘broadside ballad’ であるが、スコットランド方言による詩に対する関心を高めた点で、その貢献は高く評価される。

  • 2.

    Ambrose Philips, attrib., A Collection of Old Ballads, 1st and 2nd vols., 1723; 3rd vol., 1725.

    これは初の本格的な ‘folk ballad’ のコレクションで、159篇中23篇が Percyの Reliques に再録された。

  • 3.

    Allan Ramsay, ed., The Tea-Table Miscellany, 1723; 2nd ed. 1726?; 3rd ed. 1727?; 4th ed. 1737.

    これには純粋な ‘folk ballad’ 以外に、編者 Ramsay 自身の作品を含めて、William Hamilton の “The Braes of Yarrow” その他のバラッド詩が収録されている。

実は、Percyの Reliques 初版176篇中には、Hamiltonその他12名の詩人のバラッド詩が収録されている。
すなわち、Reliques そのものが、純粋な口承バラッド、ブロードサイド・バラッド、そしてバラッド詩の三者を含めたバラッド集なのであった。
以後、19世紀に入ってバラッド蒐集熱は一段と高まり、以下に示すものはその代表的なコレクションであるが、その内の何編かを除いていずれも伝承バラッドとバラッド詩の両方を含んでいるというのが実態である。

  • 1.

    Sir Walter Scott, ed., Minstrelsy of the Scottish Border, 3vols., 1802-03.

    第3部は ‘Imitations of the Ancient Ballad’ としてまとめられ、Scott 自身を含む9名の詩人のバラッド詩19篇が収められている。

  • 2.

    Robert Jamieson, ed., Popular Ballads and Songs, from Tradition, Manuscripts, and Scarce Editions, 1806.

  • 3.

    William Motherwell, ed., Minstrelsy Ancient and Modern, 1827.

  • 4.

    Peter Buchan, ed., Ancient Ballads and Songs of the North of Scotland, 1828.

  • 5.

    Robert Chambers, ed., The Scottish Ballads, 1829.

    80篇中12篇が Elizabeth Wardlaw の “Hardyknute” や Hamilton の “The Braes of Yarrow” を含むバラッド詩である。

  • 6.

    Charles Gavan Duffy, ed., The Ballad Poetry of Ireland, 1845; reaching its 39th edition by 1866.

    85篇中69篇が Clarence Mangan, Samuel Ferguson, Thomas Davis その他の詩人たちによるバラッド詩である。

  • 7.

    Francis James Child, ed., English and Scottish Ballads, 8vols., 1857- 58.

  • 8.

    William Edmondstoune Aytoun, ed., The Ballads of Scotland, 2vols., 1858.

  • 9.

    William Allingham, ed., The Ballad Book, 1864; Songs, Ballads and Stories, 1877.

  • 10.

    F. J. Furnivall, and J. W. Hales, eds., Bishop Percy’s Folio Manuscript: Ballads and Romances, 3vols., 1867-68.
    F. J. Furnivall, ed., Bishop Percy’s Folio Manuscript: Loose and Humorous Songs, 1868.

  • 11.

    George Barnett Smith, ed., Illustrated British Ballads: Old and New, 2vols., 1881.

  • 12.

    John O’Leary, et. al. eds., Poems and Ballads of Young Ireland, 1888.

    W. B. Yeats や Katharine Tynan ら11名の詩人による27篇のバラッド詩を含む。

    上記のものを含む過去のバラッド・コレクションからバラッド詩をすべて排除して可能な限り純粋な伝承バラッドのみを集大成したのがFrancis James Child 編纂の The English and Scottish Popular Ballads (1882-98) である。以後 Child 版を補足する形で20世紀に入ってもバラッドの蒐集は続けられたが、 今日一般的に伝承バラッドに言及する場合、Child 編纂の305篇をキャノンとして利用するのが習わしである。

II.「バラッドとは何か」という問いに答えて、20世紀初頭の優れたバラッド学者 W. P. Ker は次のように言った。

‘In spite of Socrates and his logic we may venture to say “A ballad is The Milldams of Binnorie and Sir Patrick Spens and The Douglas Tragedy and Lord Randal and Child Maurice, and things of that sort.”’ [W. P. Ker, Form and Style in Poetry (1928; London, 1966) 3]

すなわち、この問いを検討するに当たって、我々は一応、依拠すべきキャノンとしての Child 版を持っているのである。
一方、「バラッド詩とは何か」ー これに答えて Malcolm Laws はまず、次のように述べる。

“[Literary ballads] are the product and possession not of the common people of village or city but of sophisticated poets writing for literate audiences. They are printed poems rather than songs, and they have no traditional life. Despite great variations among individual examples, the literary ballads as a class are conscious and deliberate imitations of folk and broadside ballads.” [G. Malcolm Laws, Jr., The British Literary Ballad: A Study in Poetic Imitation (Carbondale, 1972) xi]

Laws は更に続けて、そして結局Kerに倣って、次のように言う。

‘In the field of balladry, definition by example has often been found more enlightening than abstract verbalizing. Thus one may begin by identifying as literary ballads such frequently anthologized poems as the following: Wordsworth’s “Lucy Gray,” Scott’s “The Eve of St. John,” Southey’s “The Battle of Blenheim,” Tennyson’s “The Charge of the Light Brigade,” Rossetti’s “Sister Helen,” Housman’s “Is My Team Ploughing?” Hardy’s “Ah, Are You Digging on My Grave?” and Yeats’s “The Ballad of Father Gilligan.”’ (Laws 1)

Laws が挙げたものはいずれもポピュラーなバラッド詩のアンソロジー・ピースであるが、実は、伝承バラッドにおけるChild 版に対応しうるようなバラッド詩の包括的なアンソロジーを今日まで我々は持っていないというのが実情である。
上に紹介した19世紀の George Barnett Smith による117篇が最大のもので、 20世紀に入っては Anne Henry Ehrenpreis の The Literary Ballad (1966)における28名の詩人による 41篇が唯一最大のアンソロジーである。

日本においては、原一郎編 Poems and Ballads(研究社出版、1969;改訂1976)における15篇、薮下卓郎・山中光義編 Traditional and Literary Ballads(大阪教育図書、1980)における19篇、中島久代・宮原牧子・山中光義編『英国物語詩14撰』(松伯社、1998)における11篇、山中光義他編 『英国バラッド詩60撰』(九州大学出版会, 2002)がある。 いずれも過去3世紀にわたるバラッド詩を通観するには少な過ぎると言わざるをえない。

III. 依拠すべきアンソロジーが極端に少ないことがバラッド詩研究の障害になっていることは否めない。
換言すれば、「バラッド詩とは何か」を判断する上での基本的材料としてのテキストそのものを、我々はまとまった形で持っていないのである。
詩人が伝承バラッドの何を模倣したと指摘できるか。
模倣から出発しながら、自立した作品として優れたものになっていればいるほど、 ある意味で模倣の痕跡を明瞭な形では留めていない場合も多く、バラッド詩の見極めの難しさは正に模倣からの逸脱の点に発生すると言うこともできるのである。
一様の定義付けは不可能であるという前提の上で、目安としてバラッド詩の構成要素を次の5つの点に整理した捉え方を提示しておきたい。

1. 直接的模倣

明らかな元歌がある場合で、これがもっとも判りやすいケースである。
例えば、”Fair Margaret and Sweet William” (Child 74B) を元歌とした David Malletの “Margaret’s Ghost” (1723) や Thomas Tickell の “Lucy and Colin” (1725) 、”Gentle Herdsman, Tell to Me” (Reliques vol. 2, bk. 1, XIV ) を元歌としたOliver Goldsmithの “The Hermit; or, Edwin and Angelina” (c.1761)、”The Farmer’s Curst Wife” (Child 278A) を元歌とした Robert Burnsの “The Carle of Kellyburn Braes” (1794)、”The Twa Sisters” (Child 10C) を元歌としたAlfred Tennysonの “The Sisters” (1832) などである。

2. 技法(形式)的模倣

物語歌としての伝承バラッドにはいくつかの物語技法の特徴がある。
形式としての ‘ballad stanza’ と呼ばれるものは、弱強四歩格 (‘iambic tetrameter’) 二行対句で ‘refrain’ が挿入される場合と、弱強四歩格と三歩格 (‘trimeter’) が交互し、abcb と押韻する場合がある。
変形として、四歩格のみで、abab ないしabcb と押韻する場合もある。 詩人が ‘ballad stanza’ を採用している場合は、基本的に伝承バラッドを意識していると捉えてよいであろう。 その他、コンヴェンショナルなバラッドの物語技法としては、’repetition’ あるいは ‘refrain’ の利用、’contrast’ あるいは ‘parallelism’ を用いる表現法、’dialogue’、’abrupt opening’、’mystical number’ の活用などがある。
例えば、Percy の “The Friar of Orders Gray” (1765)、 Samuel Taylor Coleridge の “The Rime of the Ancient Mariner” (1798)、Charles Kingsleyの “The Three Fishers” (1851)、Dante Gabriel Rossettiの”Sister Helen” (?1851)、A. C. Swinburneの “The King’s Daughter” (1866) などである。

3. 題材の模倣

戦い、恋愛悲劇、呪い、亡霊、妖精、変身 (‘metamorphosis’) など、伝承バラッドが取り扱ってきた様々な題材やモチーフを利用する。
例えば、Lady Elizabeth Wardlaw の “Hardyknute” (1719)、M. G. Lewis の “Alonzo the Brave and Fair Imogine” (1796)、Wordsworth の “The Thorn” (1798)、Percy Bysshe Shelley の “Sister Rosa: a Ballad” (1811)、Scott の “Alice Brand” (1810)、 John Keats の “La Belle Dame sans Merci” (1819) などである。

4. 様式化の模倣

詩人たちはとりわけ伝承バラッド独特の様式化された物語技法に惹かれたようである。
登場人物の感情の抑制と非個性化 (‘impersonalization’)、物語の断片化(‘fragmentation’) などを意図的に模倣した。
例えば、William Blake の “William Bond” (c. 1803)、William Morris の “Two Red Roses across the Moon” (1858)、 Walter de la Mare の “The Silver Penny” (1902)、William Butler Yeats の “Crazy Jane and the Bishop” (1929)、 William Plomerの”The Widow’s Plot: or, She Got What Was Coming to Her” (1940) などである。

5. バラッド的精神風土 (Ethos) の模倣

口承バラッドの持つ自己劇化、遊戯性、無常観(風化意識)、アイロニーとユーモア、パロディ、ブロードサイド・バラッドの持つ感傷性、教訓性、時事性などを取り込む。
例えば、Robert Southey の “The Battle of Blenheim” (1798)、Thomas Hood の “Faithless Sally Brown” (1822)、William Makepeace Thackeray の “Little Billee” (1849)、A. E. Housmanの “Is My Team Ploughing?” (1896)、Thomas Hardy の “Ah, Are You Digging on My Grave?” (1913)、W. H. Auden の “Miss Gee” (1937) などである。

もちろん、上記5つの要素が重複して個々の作品を成立させているわけで、最終的にバラッド詩の味は、 様々なバラッド的要素を個々の詩人がどのように味付けしてみせるかに懸かってくるのである。(山中光義)

(『英国バラッド詩 60撰』「まえがき」より抜粋、一部加筆修正)