18世紀のイギリス でバラッド詩という新しいタイプの詩が生まれ、以来、今日まで独特のバ ラッド模倣詩が生み出されて来ました。当ホームページ「英国バラッド詩アーカイブ」は、バラッド詩研究の基盤を整備するために、製作者が知りうる限りでの バラッド詩を網羅的に蒐集したものであります。

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フェリシア・ヘマンズ (Felicia Hemans, 1793-1835)



イングランドの詩人。1793年9月25日、リヴァプール (Liverpool) のワイン商人の娘として生まれる。フランス革命の影響で父親の事業は 1800年に失敗、一家はウェールズに移る。フェリシアは聡明な少女で、リヴァプールのオーストリア・トスカナ領事の娘だった母親の家庭教育によって、幼 い頃から詩や小説を読み、いくつもの外国語を学んだ。1808年14才で初の『詩集』(Poems) を出版。1812年にはアルフレッド・ヘマンズ大尉と結婚、その年にも『家族愛その他の詩集』(The Domestic Affections and Other Poems) を出版した。ヘマンズ大尉との間に5人の息子をもうけたが、1818年には別居した。フェリシア・ヘマンズの詩は人気があり、よく売れた。ヘマンズと息子 たちはウェールズで祖母との同居を続けたが、彼女のペン1本で家族の生活を支えることができた。1827年のフェリシアの母親の死去から31年のダブリン への移住までは苦難の時期だったが、28年にヘマンズはスコットランドを訪れてサー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott) の元に滞在し、その翌年には湖水地方でワーズワス (William Wordsworth) と会った。これらの詩人たちとの邂逅は「サー・ウォルター・スコットの葬儀の日」(‘The Funeral Day of Sir Walter Scott’)、「さらばアボッツフォード」(‘A Farewell to Abbotsford’)、「ワーズワスへ」(‘To Wordsworth’) といった作品に反映されている。「ピルグリムファーザーズの上陸」(‘The landing of the Pilgrim Father’, 1825) や「カサビアンカ」(‘Casabianca’, 1826) などの、主として短いが著名な作品によってヘマンズは現在まで知られている。1835年5月16日、ダブリンで、心臓衰弱のために死去した。 (H. N.)

原詩(英詩)
1. Casabianca
2. The Kaiser’s Feast
3. The Landing of the Pilgrim Fathers in New-England