18世紀のイギリス でバラッド詩という新しいタイプの詩が生まれ、以来、今日まで独特のバ ラッド模倣詩が生み出されて来ました。当ホームページ「英国バラッド詩アーカイブ」は、バラッド詩研究の基盤を整備するために、製作者が知りうる限りでの バラッド詩を網羅的に蒐集したものであります。

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ロバート・バーンズ (Robert Burns, 1759-96)


スコットランド詩人。1759年1月25日、スコットランド南西部エアシャー (Ayrshire) のアロウェイ (Alloway) に、農夫の長男として生まれる。田舎での貧困生活にもかかわらず、バーンズの父ウィリアムは息子達の教育に熱心だった。バーンズ兄弟は アロウェイでの学校教育に続いて、若き家庭教師ジョン・マードック (John Murdoch) から伝統的な英文学教育を受けた。他方でバーンズは、住み込み使用人だった老婦人ベティ・デイビッドソン (Betty Davidson) から聞かされたスコットランドの民間伝承、バラッド、ソングにも大きな影響を受けた。

1784 年に父が他界し、バーンズは自力で農業を 始める。貧困、恋愛、絶望、農村の歓楽といった生活の中から、「兄弟詩人デイヴィへの書簡詩」(‘Epistle to Davie, a Brother Poet’)、「ハロウィーン」(‘Halloween’)、「ネズミに寄せて」(‘To a Mouse’)、「小作人の土曜日の夜」(‘The Cotter’s Saturday Night’)、「二匹の犬」(‘The Twa Dogs’)、「ハギスのために」(‘To a Haggis’)、「シャンタのタム」(‘Tam o’ Shanter’)、「真っ赤な真っ赤なバラ」(‘A Red, Red Rose’)などの多くの有名な作品を生み出していった。ジャマイカヘの移住の資金を得る目的で、バーンズは1786年に『主としてスコットランド方言で 書かれた詩』(Poems, Chiefly in the Scottish Dialect) を出版したが、このキルマーノック版詩集の成功によって、バーンズは「天賦の才の農民詩人」と呼ばれるようになる。バーンズ自身はその評判が高まることを 嫌ったわけでもなく、度外れた飲酒、過激な政治発言、悪名高い恋愛沙汰などと共に、自然派の野蛮な詩人というバーンズのイメージが形成された。

し かし、 バーンズは間違いなく、才能に恵まれかつ学識ある詩人である。バラッド、ジョン・バーバー (John Barbour, ?1320-95)、ウィリアム・ダンバー (William Dunbar, ?1460-?1513)、アラン・ラムジー (Allan Ramsay, 1684-1758)、ロバート・ファーガソン (Robert Fergusson, 1750-74)といったスコットランド文学の伝統からの巧みな摸倣がそのことを証明している。1796年、リューマチによる心臓疾患のため死去。 (H. N.)

論文 1 中島久代「Robert Burnsの模倣の諸相 — Ballad、Fergusson、Barbourからの摸倣とその意味を考える —」
原詩(英詩) 訳詩
1. The Battle of Sheriff-Muir  
2. The Carle of Kellyburn Braes  2. ケリバーン河畔(かはん)の農夫
3. The Five Carlins  
4. John Barleycorn  
5. Lady Mary Ann  
6. The Lass that made the Bed to me  
7. Last May a Braw Wooer  
8. The poor and honest Sodger  
9. A Red, Red Rose  
10. A Waukrife Minnie 10. やかまし屋のママ
11. The Whistle