W・S・ギルバート (W. S. Gilbert, 1836-1911)


イングランドの劇作家、台本作家、詩人、挿絵画家。1836年11月18日にロンドンに生まれる。おそらく2、3歳くらいの幼い頃、ギルバートは両親と旅 行中に誘拐された経験があり、英貨25ポンドと引き換えに両親の元に戻ってきたことがあるという。ギルバートは、このような人生における様々な風変わりな 出来事を、後に戯画の主題とし、劇作の構想にするなど、その独特の「めちゃくちゃ (topsy-turvy)」スタイルとして発展させていく。またギルバートは、子供時代の愛称「バブ」さえも詩集のタイトルにしたり、挿絵のサインに用 いたりしている。 フランスのブーローニュにある学校に通い、ロンドンのウェスタン・グラマー・スクール、グレート・イーリング・スクールを経て、1853年にロンドン大 学キングズ・カレッジに入学。芸術や文学、執筆に関心を抱くとともに、軍隊にも興味を持ち、英国陸軍砲兵隊への入隊を考えるが、クリミア戦争終結に伴い断 念。しかし、この頃の関心は後のギルバートの作品に影響を与えることとなる。

1863年に弁護士となるが成功せず、一方、61年から71年にかけては専ら劇評や挿絵つきのコミック詩を定期的にユーモア雑誌 Fun に載せることになり、また時にはPunchIllustrated Times などに寄稿している。これら風刺の効いたユーモラスな詩は広く読まれ、69年に44編中34編が自らの挿絵付きで詩集『バブ・バラッド』(The ‘Bab’ Ballads) として出版される。72年には35編がすべて挿絵つきで『モア・バブ・バラッド』(More ‘Bab’ Ballads) として、また76年には “Etiquette” を含む50編の彼のお気に入りの詩が 『バブ・バラッド50編』(Fifty ‘Bab’ Ballads) として出版される。 1871年から96年にかけて、「ギルバート・アンド・サリヴァン」のコンビでコミック・オペラ14作品を制作し、このうち13の軽喜劇は「サヴォイ・オ ペラ」(‘Savoy Operas’) と呼ばれ、ギルバートはその台本作者として全英で人気を博した。最も人気があった 『軍艦ピナフォー』(HMS Pinafor ; オペラ・コミックにて1878年5月25日初演)、子供の頃の誘拐経験を利用した『ペンザンスの海賊』(The Pirates of Penzance ; ニューヨークのフィフス・アヴェニュー・シアターにて1879年12月31日初演)、日本を舞台にした『ミカド』(The Mikado ; サヴォイ・シアターにて1885年3月14日初演) などが有名。 1891年、これら「サヴォイ・オペラ」から69編の詩を抜粋し、それぞれタイトルをつけ、変更を加えて、『サヴォイヤードの歌』(Songs of a Savoyard) として出版。ギルバートはこれらを「サヴォイ・バラッド」(The Savoy Ballads) と呼ぶことも考えていたようである。 (N. M.)

原詩(英詩)  
1. Ellen McJones Aberdeen  
2. Emily, John, James, and I  
3. Etiquette  
4. General John  
5. Gentle Alice Brown  
6. Sir Guy the Crusader  
7. The Story of Prince Agib  
8. The Yarn of the “Nancy Bell”